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仙台高等裁判所 昭和36年(ネ)297号 判決 1961年10月12日

控訴人(原告) 金成義久 外一名

被控訴人(被告) 福島県知事

訴訟代理人 庇田義男 外二名

主文

原判決中控訴人金成義久に関する部分を取り消す。

控訴人金成義久と被控訴人との関係で、被控訴人が別紙第一目録記載の土地につき昭和二八年一二月五日付でした、譲渡人小野英八郎、譲受人藤井すみ間の所有権移転許可処分が無効であることを確認する。

控訴人小野務平の本件控訴を棄却する。

訴訟費用中控訴人金成義久と被控訴人間に生じた分は第一、二審とも被控訴人の負担とし、控訴人小野務平と被控訴人間に当審において生じた分は同控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が別紙第一目録記載の土地につき昭和二八年一二月五日および別紙第二目録記載の土地につき同二九年二月四日にした、譲渡人小野英八郎、譲受人藤井すみ間の所有権移転許可処分は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに立証関係は、控訴代理人が左のとおり付加陳述したほか、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

控訴代理人は、農地法第一条はわが国農地改革の基本を示している。すなわち農地の耕作者をしてその所有権をなるべく速やかに取得させて、その耕作者を地主とし、農産物の増産の意欲を旺盛にし、もつてわが国農業経済の向上発展と耕作者の地位の安定を図つている。

同条は、右目的を達成するために、その土地の所有者がその土地を移動する場合には必ずその土地の耕作者にその土地の所有権を取得さすべきものと規定しているものと解すべきものである。さればこそ同法第三条第二項で、右第一条の基本的な農地改革の目的達成のために、土地の耕作者又はその世帯員以外の者にその耕作農地の所有権の移転を禁止しているのである。ゆえに、右耕作農地の所有権を耕作者以外の者に移転することは、その耕作者の小作上になんらの支障をおよぼさなくとも、前示農地改革の目的に反するものであるから、許されるべきものではない。原審の「農地法第三条第二項によりその農地の耕作者(小作農)がその農地を買い受けることができる資格は、同条の禁止したその反射的利益たるにとどまり、小作農にその買受けの権利を与えたものではない」むねの解釈は明らかに右第一条の基本目的を無視したものである。農地の小作者は右第一条によりこれが買い受けの権利を与えられていることは農地法沿革(自作農創設特別措置法、農地調整法等)からみて明らかである。すなわち右沿革からして右第一条の基本目的達成のため特に右第三条が規定されたものであることは法文上明白であるから、小作者の農地買い受けの権利は右第三条の反射的利益でないというべきである。

理由

一、控訴人金成義久の本訴請求について。

別紙第一目録記載の土地がもと小野亀次の所有であつたが、その養子である小野英八郎が、昭和一一年九月二七日右亀次の死亡による家督相続でその所有権を取得したこと、右土地は、控訴人金成が大正一〇年ころ右亀次からこれを賃借し、じらい耕作してきた小作地であること、被控訴人が、昭和二八年一二月五日譲渡人を英八郎、譲受人を藤井すみとする右土地の売買に対し、農地法第三条の規定により所有権移転の許可処分をしたこと、藤井すみが小作農である控訴人金成の世帯員以外の者であることは、当事者間に争いがない。

そうすると、右許可処分は被控訴人も自認するように、同条第二項第一号の規定に反する違法な処分であることが明白であるが、さらに右のような許可処分が無効であるかどうかを検討する。

農地法第一条は、「・・・農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農地の取得を促進し」と規定し、この目的達成のために、第三条第二項第一号で、「小作地・・・につきその小作農及びその世帯員以外の者が所有権を取得しようとする場合」には、都道府県知事は右所有権移転につき許可をすることはできないものと規定している。右第一条のような文詞は、旧自作農創設特別措置法第一条にも、旧農地調整法第一条にも存しないのであり、また前示第三条第二項第一号の規定は、都道府県知事が許可をすることができない場合とした旧農地調整法第四条第二項第一号ないし第五号には見当たらないのである。すなわち農地法第一条の前記部分および第三条第二項第一号の規定は、農地法で初めて設けられたものである。もつて農地法がいかに耕作者の農地の取得を促進することをその主たる目的としているかがわかるのであり、右第一号の規定は、右目的達成のために必要な、強行的性質を帯びる、重要な規定といわなければならない。しかも同じく知事が許可をしてはならないものとした同条同項第三号から第五号までに掲げる場合にあつては、政令で定める相当の事由があるときは、許可をすることができるのに、第一号の場合にはこのような緩和的な、例外的な許可を認める規定はないのである。そうすると、知事は、いかなる事由、事情があろうとも、第一号に反する許可をすることはできないのであり、たとえ知事が同号の法意を誤解した結果許可を与えたとしても、また事実関係を誤認した結果許可を与えたとしても、右許可にして第一号の規定に反するものである以上、絶対に無効であるといわなければならない。被控訴人は、本件の前示所有権の譲渡は、その主張のような真にやむを得ない事情があつたから、本件許可をしたものであると抗争するが、右許可の無効であることは、上述したところによつて明らかである。

かりに、行政処分の無効についての右見解が不当であり、強行法規に反する行政処分でも、それが無効であるためには、右強行規定の性質いかんにかかわらず、つねにそのかしが重大かつ明白であることを要するものとしても、本件許可処分に存するかしのすこぶる重大なものであることは、農地法の前示根本目的に照らして明らかであり、また冒頭認定の事実によれば、譲受人藤井すみが譲受資格者でないことが明白であるから、そのかしもまた客観的に明白なものというべく、したがつて、本件許可処分は無効のものといわなければならない。

つぎに、控訴人が、右無効確認を求める適格ないし利益を有するものであるかどうかを審按する。

農地法は、前示のとおり、農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認め、耕作者の農地の取得を促進することをその根本目的としている。この根本目的を達成するためには、小作農およびその世帯員を小作地の唯一の譲受資格者としなければならないのは自明の理であり、それゆえ同法第三条第二項第一号は、小作農およびその世帯員以外の者が小作地の所有権を取得しようとする場合には、知事は、許可をすることができないものとしたのである。いいかえれば、小作農およびその世帯員が小作地の唯一の譲受資格者であることは、農地法の根本目的に由来するものであつて、右第一号の規定は、右目的達成のために設けられたものにすぎないのであるから、小作農が小作地の唯一の譲受資格者であるわけを、右一号の規定による反射的利益にすぎないと解するのは、法を誤解するものである。それゆえ、知事が、小作農以外の者に対する小作地の所有権の移転を許可したなら、小作農は、唯一の譲受資格者として小作地の所有権を取得し、もつて自作農となり得べき自己の法益を侵害されたものとして、右違法処分の是正を求める必要があり、利益を有するものであるといわなければならない。もつとも、右違法処分の無効であることが確認されたからとて、小作農がたゞちに自作農となり得るわけではないが、右違法処分によつて小作農の前示法益は現に侵害されているのであり、右無効確認によつて、自己が唯一の譲受資格者として、排他的に、小作地の所有権を取得し得べき可能性が回復されるのであるから、その無効確認を求める利益を有するものといつて差し支えない。もし、この違法処分について最も重大な利害関係を有する小作農に提訴の資格も利益もないものとすれば、他に右違法処分の是正を求め得る者はないことになり、違法処分はそのままに存続されて、農地法の根本目的はふみにじられたままに放置されることになるのである。以上の理由により、本件許可処分の無効確認を求める控訴人の本訴請求は正当であるから、これを認容すべきものである。

二、控訴人小野務平の請求について。

別紙第二目録記載の土地につき被控訴人が昭和二九年二月二四日、譲渡人を小野英八郎、譲受人を藤井すみとする売買に対し、農地法第三条の規定により所有権移転の許可処分をしたこと、右土地は控訴人小野が現に事実上耕作をしているものであることは当事者間に争いがない。

控訴人小野は右土地について耕作権を時効によつて取得したとして、その耕作権に基き本訴請求をしていると解される。(控訴人小野は大正一五年六月二日立花勇七から右土地を買い受けたとか、時効によつて所有権を取得したとかと主張するかのようであるが、一方これら所有権取得についてはそのむねの登記を経由していないから、これをもつて第三者に対抗できないことも自認しているので、本件では所有権を主張しないことが弁論の全趣旨からうかゞわれる。)ところで、控訴人のいう耕作権の意味、内容は明らかでない。またわが国の成法上耕作権なる物権または賃借権は、認められていないのである。もつとも、耕作権ということばはしばしば使われているようであるが、それは農地の所有権、賃借権、永小作権または質権などにもとづいて、農地を耕作の用に供し得る権能の意味に使われているもののように考えられる。なお旧自作農創設特別措置法第二五条の見出しは、「耕作権の交換」となつている。同法第二三条の見出しは、「農地の所有権の交換」となつているが、第二五条の場合には、賃借権の交換、永小作権の交換、賃借権と永小作権との交換などがあり得るので、このような長い見出しを避けるために、「耕作権の交換」なる見出しを按出したものと考えられる。そしてここにいう耕作権とは第二五条の内容からして、賃借権と永小作権とを含めた呼称であつて、これらの権利のほか、耕作権なる一種独立の権利を認めたものでないことは明らかである。すなわち、取得時効の対象となる耕作権なる独立の権利があるとは認められないし、また控訴人が時効によつて本件土地の賃借権または永小作権を取得したと主張するものでないことは、その弁論の全趣旨(ことに記録一八八丁裏二行目から五行目まで参照。)で明らかであるし、ほかに控訴人が本件土地の小作農であるゆえんは、控訴人の主張しないところであるから、いずれにするも、控訴人の本訴請求は、すでにこの点で失当である。

なお、つぎの点からするも、控訴人の本訴請求は失当である。

成立に争いのない乙第二号証によれば、右土地はもと登記簿上の地目は田であつたが、昭和三二年一二月一三日土地区画整理法所定の換地処分によつて宅地に転用されるべく、そのむね登記簿に記載されていることが明白である。

しかして土地区画整理法による土地区画整理事業は、宅地の利用の増進を図るために公権力を伴つてされるものであつて、同法(昭和三四年四月一日法律第九〇号による改正前)第一三六条は、「都道府県知事は、事業計画若しくは事業計画の変更について審査する場合又は事業計画を定め、若しくは変更しようとする場合において、当該土地区画整理事業が、農地の廃止を伴うものであるとき、・・・は、当該事業計画又はその変更について、当該農地を管轄する市町村農業委員会・・・及び当該施設を管理する土地改良区の意見を聞かなければならない。但し、政令で定める軽徴なものについては、この限りでない。」と定めて、土地区画整理事業と農地等の関係の調整を図り、同法第一〇三条によれば、換地処分は原則として換地計画に係る区域の全部について土地区画整理事業の工事が完了した後に行なわれるべく、右工事完了前に換地処分がされるのは特別の場合に限るむねが規定されている。

従つて、本件土地について控訴人小野が依然として耕作を継続しているのは、右特別の場合にあたるのか否か不明であるが、いずれにしても右土地については、同法第一三六条所定の調整を通過し、その農地としての利用価値を放棄し、宅地に転用するものとして換地処分がされたものと推測されるのであつて、早晩宅地造成の工事が施行されることは必至であろう。

してみると、このような事情のもとにあつては、本件許可処分を無効としてみても、控訴人がその耕作権にもとづいて右土地を農地として取得しうる可能性は最早存しないというべく、控訴人の本訴請求は、訴の利益を欠くものとしてこれを棄却すべきである。そうすると、原判決中、控訴人金成義久の請求を棄却した部分は、不当であり、控訴人小野務平の請求を棄却した部分は、結局相当であるから、民訴法第三八六条、第三八四条、第九六条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 佐藤幸太郎 新田圭一)

(別紙第一・第二目録省略)

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